ツキノワグマになら人間は勝てる危険な勘違いと本当の対策解説

ツキノワグマになら人間は勝てるのか、ツキノワグマと人間はどっちが強いのか、ツキノワグマに素手で勝てるのかといった疑問で検索してたどり着いた方も多いと思います。

そうした疑問の裏側には、「もし遭遇したらどうすればいいのか」「家族や仲間を守れるのか」という不安が必ず潜んでいます。

ネット上には、ツキノワグマに遭遇したらどうするべきか、ツキノワグマへの対策やツキノワグマ退治の方法、格闘家ならツキノワグマに勝てるのかといった議論があふれています。

中には、ツキノワグマと人間どっちが強いのかを面白半分で比べる動画や、ツキノワグマと武井壮が戦ったらどうなるのかという極端なシミュレーションまであり、情報の真偽を見分けるのは簡単ではありません。

しかも、センセーショナルな撃退ニュースだけが切り取られて広まりやすく、冷静なリスク評価が後回しにされてしまいがちです。

この記事では、害獣対策の専門家としての視点から、ツキノワグマと人間の戦闘能力を冷静に整理しつつ、「戦う」という発想そのものがどれだけ危険かを解説します。

そのうえで、現実的なツキノワグマ対策、遭遇したときに取るべき行動、安全な装備選びまでをまとめていきます。戦い方の指南ではなく、「どうすれば無事に帰れるか」を軸にした内容です。

この記事を読むことで理解できる内容は以下のとおりです。

  • ツキノワグマと人間の身体能力の違いと危険性
  • 「人間が勝った」とされる撃退事例の本当の意味
  • クマスプレーや装備を含めた現実的なツキノワグマ対策
  • ツキノワグマになら人間は勝てるという考えを捨てる理由
目次

ツキノワグマになら人間は勝てるかという疑問への検証

まずは、「ツキノワグマになら人間は勝てるのでは」という発想がどこから生まれるのか、その心理と背景を整理しながら、ツキノワグマという動物のスペックを人間と比較していきます。

ここを押さえると、なぜ素手の戦いが完全に分の悪いギャンブルなのかが、感覚ではなく数字と具体例でイメージできるようになります。戦うかどうかという二択ではなく、「そもそも土俵が違う」という前提に目を向けることが重要です。

ツキノワグマになら人間は勝てると思う人の心理

「ヒグマは無理でもツキノワグマになら人間は勝てるのでは」と考える人の多くは、サイズ感とニュースの切り取り方に強く影響されています。

ツキノワグマはヒグマより小さい、体重も軽いというイメージから、人間の格闘技経験や筋力があればワンチャンあるのでは、と錯覚しやすいのです。

人間は「自分の経験」と「見た目」からリスクを判断するクセがあり、この主観と現実とのギャップが事故を生みます。

サイズのイメージによる危険な錯覚

写真や映像で見るツキノワグマは、ヒグマやホッキョクグマと比べると小さく、かわいらしく見えることすらあります。

肩までの高さが1m前後に見える個体もいて、「自分より小さいかもしれない」「体重もそこまで変わらない」と感じる人も少なくありません。

ここから、「同じくらいのサイズなら、鍛えている自分なら勝てるのでは」といった安易な連想が始まります。

しかし、野生動物の「小さい」は、人間の感覚でいう「小柄」とはまったく意味が違います。

ツキノワグマは、同じ体重帯の人間と比べて筋肉や骨格の密度が高く、一つ一つの動作が「全身全霊の運動」に近いレベルです。

見た目の大きさだけを根拠に戦闘能力を推し量るのは、格闘技の階級表を見て「同じ階級なら誰とでも互角」と思い込むのと同じくらい危険です。

武勇伝と映像が生む「自分もいけるかも」効果

さらに、「素手でクマを撃退した」「農具でクマを追い払った」といったニュースや武勇伝が、現実以上にヒロイックに語られがちです。

情報として拡散されるのは、命からがら逃げ延びたごく一部の「成功例」だけで、その裏にある多数の重傷例や死亡例は、統計データとしてひっそり扱われるにとどまります。

結果として、「うまくやれば自分もやれそうだ」というイメージが独り歩きしてしまうのです。

害獣の現場を見ていると、人間は「自分の経験値」と「映像」の両方に強く引きずられます。

普段から筋トレや格闘技をしている人ほど、「自分なら一般人よりは動けるから」とリスクを低く見積もりがちです。

しかし、野生動物との衝突は、ルールもレフェリーもいない、完全に相手の土俵の世界です。この前提を外してしまうと、判断を誤ります。

ポイントは、「勝てるかどうか」ではなく「ケガせずに生還できるかどうか」です。

ツキノワグマを追い払えたとしても、顔や腕に一生残る傷を負ってしまえば、それは本当に「勝利」と言えるのかを、一度冷静に考えてみてほしいのです。

ツキノワグマの身体能力と人間の差

ツキノワグマ成獣の体重は、おおよそ40〜130kg程度とされています。

秋のオスで脂肪と筋肉が乗った個体なら、100kg級はまったく珍しくありません。

人間の70kg級男性と数字だけを比べると「そこまで大差ない」と感じるかもしれませんが、問題は重さではなく、その重量がどこにどのように付いているかです。

「同じ100kg」でも、中身の構造が違えば、力の出方もダメージの受け方もまったく別物になります。

筋肉と骨格の「用途」が違う

人間は、比較的細い上半身と発達した下半身という構造で、直立二足歩行に最適化されています。

長距離移動や細かな道具の操作にはとても優れていますが、「全身でタックルする」「四肢をフルパワーで振り回す」といった動きは得意ではありません。

一方、ツキノワグマは四足歩行に適した低重心で、首・肩・前肢の筋肉が極端に発達しています。

前足の一振りに、自分の体重と同等の質量を乗せられると考えてください。

また、骨格も非常に太く頑丈で、関節のつくりも「転ばない」「踏ん張る」方向に最適化されています。

人間は足首や膝をひねっただけで戦闘不能になりますが、クマは多少の段差や衝突ではバランスを崩しません。

これだけでも、組み合った状態での「押し合い」「引き倒し合い」で、人間が勝つ余地はほぼゼロに近いと言えます。

能力指標ツキノワグマ(100kg級オス)人間(70kg級男性)
体重約100kg(季節で変動)約70kg
重心四足の低重心で安定二足の高重心で転倒しやすい
筋肉分布首・肩・前肢に集中脚に多く分布
防御厚い毛皮と脂肪、緩い皮膚薄い皮膚と露出した急所

ここで挙げた数値は、あくまで一般的な目安です。個体差や季節によって大きく変動します。

「ルーズスキン」と厚い皮下脂肪の防御力

ツキノワグマの特徴として、皮膚が筋肉とゆるく結合している「ルーズスキン」があります。

これは、他の動物に噛みつかれたり引っかかれたりしたときに、皮膚だけがズレて内部の筋肉や臓器の損傷を軽減するための構造です。

さらに、厚い毛皮と皮下脂肪が外側を覆っているため、人間のパンチやキック、簡易的なナイフ程度では、内部まで十分なダメージが届きにくくなっています。

つまり、同じ70〜100kgの体重でも、人間側は「むき出しの生身」、ツキノワグマ側は「天然の防弾チョッキ+ショックアブソーバー付き」のような状態です。

攻撃力だけでなく、防御力の差も想像以上に大きいという点を忘れてはいけません。

ツキノワグマの咬合力や爪の破壊力

ツキノワグマの咬合力は、おおよそ800PSI前後と推定されています。

人間の咬合力が150〜200PSI程度とされるので、単純計算で4倍前後の差があります。

これは、「硬い骨付き肉をバリバリ砕いて食べるための顎」を持っているということです。

あごの周りの筋肉も発達しており、噛みついた獲物を逃さないための構造になっています。

歯と顎が生み出す「骨砕き」の力

ツキノワグマの歯は、長い犬歯だけではなく、奥歯の形状も特徴的です。

前方の犬歯で肉や皮を刺し、固定したうえで、奥歯で骨や筋肉をすりつぶすように噛み砕きます。

野生の世界では、骨や硬い木の実を砕く必要があるため、人間の顎とは比較にならない負荷に耐えられるよう進化してきました。

人間の腕や脚の骨は、思った以上に脆いものです。

交通事故や高所からの転落では、比較的低い速度でも簡単に骨折が起きます。

そこに、800PSIクラスの咬合力が一点にかかった場合、前腕の橈骨や尺骨、大腿骨などが粉砕骨折を起こしても何ら不思議ではありません。

これは「もしかしたら折れるかも」というレベルではなく、噛まれれば高確率で骨まで達すると考えておくべき領域です。

爪がもたらす切断とデグロービング損傷

前肢の爪は、5〜10cmほどの長さがあり、常に露出しています。

これが「パンチ」に合わせて振り下ろされると、単なる打撃ではなく、切り裂きと刺突が同時に来ることになります。

人間の皮膚は薄く、皮膚のすぐ下を重要な血管や神経、腱が走っています。

鋭い爪で深く裂かれれば、筋肉だけでなく、動脈や神経束がまとめて断ち切られてしまう可能性があります。

医療の現場では、クマに襲われた人の傷として、皮膚が手袋のように引きはがされるデグロービング損傷や、顔面の多発骨折が報告されています。

頭皮がベロンとめくれあがるような外傷や、鼻・耳・唇などの欠損を伴うケースも珍しくありません。

こうした外傷は命をとりとめても、視力や噛む機能、見た目に重い後遺症を残しやすいタイプの傷です。

ここで紹介している数字やメカニズムは、あくまで一般的な目安であり、すべての個体に当てはまるわけではありません。

ただし、「噛まれても意外と大丈夫」「厚着をしていれば平気」といった楽観的なイメージは、現実の外傷パターンから見ると極めて危険な思い込みだと断言できます。

ツキノワグマと人間の逃走力と柔軟性の違い

ツキノワグマの最高速度は、時速50km程度とされます。

人間が全力疾走しても20〜25km/hがいいところで、世界トップレベルの短距離選手でも30km/h台後半です。

数字だけ見ても、平地で逃げ切ることはまず不可能です。

しかも、クマは四足歩行ならではの高い加速性能を持っており、わずか数秒でトップスピード近くまで到達します。

「下り坂なら勝てる」はなぜ危険か

さらに厄介なのは、加速性能と地形適応力です。

四足歩行のクマは、数歩で一気にトップスピードに近い速度に乗れます。

しかも、山の急斜面やガレ場、下り坂でもピタッと地面をつかんで走ることができます。

「クマには下り坂なら勝てる」という都市伝説がありますが、害獣対策の現場から言わせてもらうと、これは非常に危険な勘違いです。

人間が下り坂を全力で走ると、足が前に出すぎて体重を支えきれず、転倒のリスクが一気に高まります。

膝や足首にかかる負荷も大きく、一度足を滑らせれば、そのまま転げ落ちてしまうこともあります。

対して、クマは四肢をフルに使ってブレーキと加速を同時にコントロールできるため、急斜面でも驚くほど安定して走ることができます。

驚異的な柔軟性とターン能力

柔軟性も桁違いで、直径40cm台程度のドラム缶の中で向きを変えられるという話があるほど、体幹を自在にひねることができます。

この柔軟性があるせいで、人間が背後に回り込んで攻撃しようとしても、あっという間にこちらに向き直られてしまいます。

組み合っている状態でも、クマ側は上半身だけをぐるっと回転させて噛みついたり、前足を振り下ろしたりできるのです。

逃げ足で勝負しようとするのは禁物です。走って逃げると、クマの「追いかけて捕まえる」スイッチを押してしまう可能性があります。

危険を避ける行動として、逃走よりも「距離を保ちながら状況をコントロールする」方が圧倒的に現実的です。

環境省や自治体のマニュアルでも、クマに背中を向けて走って逃げることは避けるよう、繰り返し注意喚起されています。

繰り返しになりますが、速度・加速力・バランス・柔軟性のすべてにおいて、ツキノワグマは人間よりはるかに上のレベルにいます。

「いざとなったら全力で逃げれば何とかなる」という考えは、数字と構造を知れば知るほど、現場感覚とはかけ離れた危険な幻想だと分かります。

過去のツキノワグマ撃退事例の実態

ニュースやSNSで時々見かける「ツキノワグマを素手で撃退」「農具でクマを追い払った」という話は、人間側から見ると「勝った」ように見えます。

しかし、現場のリスク評価としては、どれも紙一重で生還したケースです。

たまたまうまくいった結果だけが報道され、うまくいかなかった事例はニュースになりにくいという偏りがあることを、まず理解しておく必要があります。

撃退ニュースに潜む生存者バイアス

例えば、目つぶしが偶然うまく決まった、クマが防御的に威嚇していただけで本気の捕食モードではなかった、周囲に人や車がいてクマの方が引いたなど、結果オーライの事例がほとんどです。

多くの場合、撃退した本人も頭部や腕、脚に深刻な傷を負っています。これは「勝利」ではなく、「命を落とさずに済んだ」というギリギリのラインと考えるべきです。

また、ニュースで取り上げられるのは、インパクトのある事例が中心です。

「軽いかすり傷で済んだ」ケースや、「危険を察知して事前に引き返した」ケースはニュースにはなりません。

言い換えれば、「危ない目にあったからこそ名前がニュースになる」という構造があり、その結果として、「決死の反撃」が過大評価されがちなのです。

人身被害と出没件数の現状

近年、日本各地でクマ類による人身被害や出没件数は増加傾向にあります。

ツキノワグマが人里近くまで出てくる頻度が上がり、農作物被害だけでなく、散歩や通勤・通学中に遭遇するケースも報告されています。

こうした背景の中で、「前よりも撃退ニュースが増えた」と感じる方もいるかもしれませんが、それはあくまで全体の出没・被害数が増えた結果の一部でしかありません。

ここで押さえておきたいのは、「撃退できた」という結果と「安全に勝った」という評価は、まったく別物だという点です。

再現性のない成功例を自分の基準にしてしまうと、判断を誤って命を落としかねません。

大切なのは、「撃退した人がどれだけの代償を払ったのか」「同じことをしても無事に済む保証はまったくない」という視点です。

ツキノワグマになら人間は勝てるという誤解を解くための安全対策

ここからは、「ツキノワグマになら人間は勝てる」という発想を現実的な安全対策に置き換えていきます。

クマスプレーや装備の選び方、ツキノワグマとの遭遇を減らす工夫、もしものときに身を守る行動など、「戦う」のではなく「生還率を上げる」ための具体的なポイントを整理していきましょう。ここで紹介する内容は、私自身が害獣対策の現場で大切にしている考え方に基づいています。

ツキノワグマ遭遇時に有効なクマスプレーの存在

ツキノワグマとの距離を詰めざるをえない状況で、現実的に人間側の生存率を押し上げてくれるのが、熊撃退スプレー(クマスプレー)です。

主成分はトウガラシ由来のカプサイシンで、クマの敏感な鼻や目に強烈な痛みと刺激を与え、一時的に嗅覚と視界を奪います。

これは、クマの「武器」である嗅覚と視覚をまとめて無力化する手段だと考えてください。

クマスプレーが有効な理由

クマは、嗅覚に強く頼って生活している動物です。

そのレーダーを一気にダウンさせることで、「獲物を襲う」「前に進む」という判断能力そのものを奪うことができます。

これは力比べではなく、クマの生理機能に直接働きかける化学的な防御です。

クマスプレーは、適切な距離とタイミングで使用すれば、クマの方から「近づく価値がない」と判断させる強力な抑止力になります。

海外の研究でも、クマスプレーを使用したケースでは、使用者側の重傷・死亡リスクが大きく下がったというデータが報告されています。

もちろん、これは「万能アイテム」という意味ではなく、「正しく使えば、無防備でいるより圧倒的にマシ」という現実的な評価です。

持ち方と練習が生死を分ける

クマスプレーを持つだけで安心してしまう方もいますが、重要なのは「取り出す位置」と「噴射の練習」です。

ザックの奥にしまい込んでいては意味がありませんし、噴射距離や噴射時間のイメージトレーニングも欠かせません。

私は、胸や腰のベルトに取り付けられる専用ホルダーを使い、立ったまま片手で即座に抜ける位置に固定することを強くおすすめしています。

私のおすすめは、ヒグマ対策の記事でも詳しく解説しているように、火よりクマスプレーを前提にした熊対策と装備選びの考え方です。

ツキノワグマ相手でも基本は同じで、「遭遇を避ける」「距離を保つ」「最終手段としてスプレーを使う」という三段構えを徹底することが、大ケガを防ぐ鍵になります。

なお、クマスプレーの性能や有効射程はメーカーごとに異なります。

購入前には必ず説明書を読み、噴射時間・噴射距離・保管方法などを確認してください。

ここで紹介している情報は一般的な目安であり、最終的な判断は各メーカーの公式情報や専門家のアドバイスを参考にしてください。

銃器や刃物による対処の現実的な限界

一部では、「ツキノワグマになら猟銃があれば勝てる」「ナイフで急所を狙えばなんとかなる」といった議論もあります。

しかし、害獣対応の現場から見ると、これはかなり危うい期待です。

銃やナイフは確かに強力な道具ですが、「人間がストレス下で扱う」という条件を加えた瞬間、机上の強さとは別の難しさが出てきます。

銃器は一般登山者の選択肢ではない

まず銃器については、日本の一般的な登山者やキャンパーが、護身用に猟銃を携行することは法律上ほぼ不可能です。

銃の所持許可を得たハンターであっても、山中で常にクマとの戦闘を想定しながら行動しているわけではなく、狭い山道や視界の悪い斜面で、安全な射線を確保して発砲すること自体が難題です。

仮に所持できたとしても、数秒で詰め寄ってくるクマに対して、冷静に急所へ命中させることは、熟練のハンターでも簡単ではありません。

外せば、興奮したクマをさらに刺激する結果になりかねませんし、命中しても一撃で動きが止まるとは限りません。

銃は強力な道具ですが、「ツキノワグマになら人間は勝てる」と楽観する根拠にはなりません。

ナイフは「最後の最後の救命ツール」

刃物についても同様で、ツキノワグマにナイフで挑もうとするのは、自分から「抱きつかれに行く」ようなものです。

リーチ(届く距離)で完全に負けているうえ、分厚い毛皮と脂肪層のせいで、人間用のアウトドアナイフでは致命傷になりにくいからです。

ナイフで反撃するには、クマの腕の内側、つまり相手の「殺傷ゾーン」に自分から飛び込む必要があります。

ヒグマ対策の記事で詳しく扱っていますが、ヒグマ用のナイフは武器というより、生還のための最終ツールという位置づけが現実的です。

ツキノワグマに対しても、刃物を「反撃の主力」と考えるのではなく、「逃げるための隙を作る」「ロープや荷物を切る」といった用途に割り切った方が、むしろ安全です。

重要なのは、「クマに勝つための武器」ではなく、「クマから生きて離れるための道具」だと考えることです。

数値や装備の性能はあくまで一般的な目安であり、状況や個体によって結果は大きく変わります。

ツキノワグマとの遭遇回避のための事前対策

「ツキノワグマになら人間は勝てるか」を考える前に、発想を「そもそも出会わない工夫」に切り替えることが一番の安全策です。

クマ対策の基本は、ヒグマでもツキノワグマでも大きく変わりませんが、出没状況や生息域の違いを知っておくことで、より慎重な行動計画が立てられます。

生息域と行動パターンを知る

まず重要なのが、生息域と行動パターンを知ることです。

日本にはヒグマとツキノワグマという二種類のクマがいますが、どの地域にどちらがいるのかを理解しておくと、登山ルートやキャンプ地選びの判断がしやすくなります。

この点については、ヒグマは本州にはいない理由とツキノワグマ生息域のガイドで詳しく整理しています。

ツキノワグマは、山地の広葉樹林や針広混交林を主な生活の場とし、季節ごとの餌に合わせて行動範囲を変えます。

ドングリなどの堅果類が不作の年は、人里近くの果樹園や畑、民家の生ゴミにまで足を伸ばすことがあります。

こうした年は特に、出没情報をこまめにチェックし、「今年はクマが多い」と言われている地域では、軽い気持ちで山に入らない判断も大切です。

日常的にできる遭遇回避の工夫

登山や渓流釣りでは、以下のような事前対策が有効です。

  • クマの出没情報や通行止め情報を事前にチェックする
  • 単独行ではなく、可能な限り複数人で行動する
  • 熊鈴やラジオ、会話などで人の存在を早めに知らせる
  • 食べ物や生ゴミの匂いを残さないよう、密閉と持ち帰りを徹底する
  • フンや足跡、爪痕など、クマの痕跡が濃い場所には近づかない

ツキノワグマも本来、人間との直接対決は避けたい動物です。こちらの存在に早く気付いてもらい、向こうから距離を取ってもらうことが、最も穏やかで現実的な「共存」の形だと考えています。

これらの対策は完璧ではありませんが、何も知らずに山に入る場合と比べれば、遭遇リスクを大きく下げてくれます。

ここで紹介した対策は、あくまで一般的な目安です。

地域によってクマの行動や人との距離感は異なるため、最終的には各自治体の最新情報やパンフレットを確認し、その地域のルールに従うことが重要です。

万一襲われた場合の最善の行動や防御法

どれだけ対策をしていても、野外では「ゼロリスク」はありません。

ツキノワグマと至近距離で遭遇してしまったとき、あるいは突進を受けてしまったときに、どのように行動するかもイメージしておく必要があります。

事前に頭の中でシミュレーションしておくだけでも、いざというときの「一瞬の判断」に大きな差が出ます。

距離別に考える基本行動

状況によって対応は変わりますが、基本的な考え方は次の通りです。

  • 距離があるうちは、走らずに落ち着いて後退し、クマに背中を見せない
  • クマスプレーを持っていれば、5〜10m程度を目安に噴射の準備をする
  • 至近距離での突進には、顔や鼻先の通り道にスプレーの霧を作るイメージで噴射する
  • 接触された場合は、頭と首、顔面を最優先で守る体勢を取る

防御のポイントは、致命的なダメージを受けやすい頭部と頸部をどれだけ守れるかです。

腕や背中を盾にしてでも、目や脳、気道を守ることが、長期的な後遺症も含めた生存率を左右します。

環境省が公表しているクマ類の出没対応マニュアルでも、顔面・頭部を守りながら地面に伏せる姿勢の重要性が強調されています(出典:環境省「クマ類の出没対応マニュアル -改定版-」)。

「死んだふり」のリスクと限界

「死んだふり」をめぐる議論もありますが、これはクマの種類や状況(防御的な攻撃か、捕食目的か)でリスクが大きく変わります。

ツキノワグマ相手に一律で有効とも無効とも言えないため、「とにかく死んだふりをすれば助かる」という単純な理解は危険です。

特に、クマが人間を明確な脅威と見なしている場合や、接触の最初の段階では、無防備にうつ伏せになった瞬間に背中や頭部に大きなダメージを受けるおそれもあります。

各自治体が公表しているマニュアルや、専門家の最新の見解を必ず確認し、自分がよく行くフィールドではどのような行動が推奨されているのかを把握しておいてください。

安全に関する結論としてツキノワグマになら人間は勝てるという考えへの警告

ここまで見てきたように、ツキノワグマは体重、筋力、速度、防御力、どれを取っても人間を大きく上回る存在です。

ツキノワグマになら人間は勝てるという発想は、野生動物のスペックとリスクを見誤らせる危険な幻想だと、私は考えています。

勝ち負けの話として捉えてしまうと、「どこまでなら挑んでいいのか」という方向に思考が行きがちですが、本来向き合うべきは「どうすれば無傷で帰れるか」です。

人間にある本当の強みは、腕力ではなく、知能と道具と情報です。

生息域や行動パターンを学び、遭遇リスクを下げるルート選びをし、クマスプレーなどの装備を適切に使いこなす。

場合によっては、クマがなついたと誤解される行動や危険な距離感についても理解を深める必要があります。クマとの距離感を誤ると、「かわいい」から「一瞬で命の危険」へと状況が反転することもあります。

私自身、害獣対策の現場でいつも意識しているのは、「退治は愛、でも徹底」というスタンスです。

クマにもクマの事情がありますが、人間の生活と命も同じくらい大切です。

だからこそ、無謀な正面衝突ではなく、賢い距離の取り方と現実的な対策を選びたいのです。

ツキノワグマになら人間は勝てると考えるのではなく、「ツキノワグマに遭遇しても、どうやって生きて帰るか」を考えていきましょう。

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この記事を書いた人

名前(愛称): クジョー博士
本名(設定): 九条 まどか(くじょう まどか)

年齢: 永遠の39歳(※本人談)
職業: 害虫・害獣・害鳥対策の専門家/駆除研究所所長
肩書き:「退治の伝道師」

出身地:日本のどこかの山あい(虫と共に育つ)

経歴:昆虫学・動物生態学を学び、野外調査に20年以上従事
世界中の害虫・害獣の被害と対策法を研究
現在は「虫退治、はじめました。」の管理人として情報発信中

性格:知識豊富で冷静沈着
でもちょっと天然ボケな一面もあり、読者のコメントにめっちゃ喜ぶ
虫にも情がわくタイプだけど、必要な時はビシッと退治

口ぐせ:「彼らにも彼らの事情があるけど、こっちの生活も大事よね」
「退治は愛、でも徹底」

趣味:虫めがね集め

風呂上がりの虫チェック(職業病)

愛用グッズ:特注のマルチ退治ベルト(スプレー、忌避剤、ペンライト内蔵)

ペットのヤモリ「ヤモ太」

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