村田銃でヒグマは倒せるか|ゴールデンカムイと実際の事件で検証

この記事では、明治時代の村田銃とヒグマとの関係、いわゆる村田銃とヒグマの戦いが実際どれほど現実的だったのかを、歴史と物理の両面から整理していきます。

三毛別羆事件や幌新ヒグマ事件のような獣害史上の大事故、そしてゴールデンカムイに登場する村田銃の描写をきっかけに、「村田銃の威力で本当にヒグマを止められるのか」「村田銃でヒグマは倒せないのではないか」と不安や疑問を抱く方がとても増えています。

村田銃が登場した時代の技術水準、黒色火薬と11ミリ弾の性能、そして実際のヒグマの体格や行動特性を冷静に並べていくと、「条件がそろえば倒せるが、決して万能ではない」という現実が浮かび上がります。

同時に、現代日本では猟銃を含む銃器の所持や使用が厳しく制限されており、「村田銃でヒグマを撃つ」ような発想はあくまで歴史とフィクションの話として楽しむべきテーマです。

この記事では、村田銃とヒグマの関係を歴史ロマンとして味わいつつ、現代のヒグマ対策にどう活かせるのかも意識して解説します。

三毛別羆事件や幌新ヒグマ事件などの実例をたどりながら、当時の人びとがどのような装備でヒグマと向き合い、どこに限界があったのかを具体的に見ていきます。

そのうえで、今の私たちが野外でヒグマと安全に距離を取るには何が必要なのか、他の熊対策記事ともつなげながら整理していきます。

この記事を読むことで理解できる内容は以下のとおりです。

  • 村田銃がヒグマ対策に使われた歴史的背景と位置づけ
  • 11ミリ村田弾の威力と、ヒグマ相手で「どこまで通用したか」の現実
  • 三毛別羆事件など実際の獣害で村田銃が果たした役割と限界
  • 現代のヒグマ対策で銃に頼らず安全を高めるための考え方
目次

村田銃とヒグマ対策の歴史と事実

まずは、村田銃がどのような経緯で生まれ、なぜヒグマ対策の象徴のように語られるようになったのかを整理していきます。北海道開拓の現場で実際に何が起きていたのかを押さえることで、「村田銃ならヒグマに勝てる」「村田銃ではヒグマを止められない」といった極端なイメージから一歩距離を取り、より現実的な理解に近づけます。ここをきちんと押さえておくと、スペックの数字だけを見て判断してしまう危うさや、フィクション作品の印象に引きずられすぎる危険も避けやすくなります。

村田銃 ヒグマ対策に使われた背景

村田銃が登場したのは、明治初期の日本軍がスナイドル銃やエンフィールド銃、シャスポー銃などバラバラな輸入銃で苦労していた時代です。

弾薬の規格もまちまちで、補給や整備はまさに悪夢のような状況でした。

西南戦争の経験から、「同じ軍隊の中で複数規格の弾薬が飛び交うのは致命的だ」という反省が強まり、国産で統一規格の小銃を作ろうという流れが一気に加速します。

その課題を解決するために生まれた国産小銃が村田銃であり、十三年式・十八年式・二十二年式と改良されながら、日本の標準小銃として普及していきます。

軍用ライフルが「生活の道具」へ変わる過程

この「標準小銃」が後に大きな意味を持つのが、北海道開拓とヒグマ対策です。

軍での現役を退いた村田銃は、払い下げによって屯田兵や開拓民、マタギたちの手に渡りました。

北海道の原野では、農地を荒らすヒグマやシカを追い払う道具として、そして家族の命を守る最後の砦として、村田銃が使われるようになっていきます。

屯田兵は国境警備の役割を持ちながら、日々の自給自足のための狩猟も行っており、村田銃は「軍事」と「生活」をつなぐ象徴的な装備になっていきました。

とはいえ、当時の村人全員が最新の村田銃を持っていたわけではありません。

古い火縄銃やスナイドル銃、性能の落ちた中古銃も混在していましたし、そもそも銃を持たない家庭も少なくありませんでした。

その中で、比較的信頼できるヒグマ対策の火器として期待された存在が十八年式村田銃だった、という位置づけで見るとバランスがよいと思います。

払い下げ品とはいえ、ボルトアクションの堅牢な構造と大口径弾の威力は、当時の人々にとって大きな安心材料だったはずです。

北海道というフィールドが与えた役割

北海道の開拓地は、今のように道路や電気が整っていたわけではなく、集落から一歩外に出ればすぐに深い森林地帯でした。

そこで農地を切り開き、冬の食糧を確保しながら暮らすとなれば、ヒグマやエゾシカとの距離はどうしても近くなります。

村田銃は、本来は対人戦闘用に設計された銃ですが、その威力と信頼性から、結果として「ヒグマも何とかできるかもしれない」道具として認識されるようになりました。

これはあくまで、当時の人々にとっての「ベターな選択肢」であり、決して安全が保証されたわけではありません。

村田銃はもともと対人用の軍用ライフルとして設計されており、「ヒグマ専用の熊撃ち銃」として作られたわけではありません。

後から結果として「ヒグマも何とかできる道具」として転用されていった歴史があります。その点を押さえておくと、「村田銃さえあれば大丈夫」という過度な期待をしなくて済みます。

村田銃 ヒグマ対応スペックの実力

では、「村田銃の威力はヒグマ相手にどの程度だったのか」という、もっとも気になるポイントを見ていきましょう。

十八年式などで使われた11×60mmR村田弾は、鉛の重量弾頭と黒色火薬を組み合わせた弾薬で、銃口エネルギーはおおむね2,000〜2,500ジュール前後と推定されています。

これは現代の20番スラッグ弾と同程度で、数字だけ見れば「ヒグマを倒し得る」ゾーンに入るエネルギーです。

ヒグマの体重は成獣オスで200〜300kgを超えることも珍しくありませんが、このクラスのエネルギーが急所に命中すれば致命傷となり得ます。

11ミリ村田弾の特徴と利点・弱点

重要なのは、そのエネルギーをどれだけ効率よくヒグマの急所に伝えられるかという点です。

11ミリ弾はジャケットのない鉛弾で、骨や筋肉に当たると大きく変形してエネルギーを放出しやすい一方、黒色火薬の低い初速ゆえに弾道が山なりになり、遠距離では命中精度が難しくなります。

このため、村田銃でヒグマを倒す現実的な距離は、数十メートル程度の比較的近距離だと考えたほうが安全です。

近距離であれば、サイトのズレも補正しやすく、鉛弾の変形による内部破壊も期待できます。

一方で、黒色火薬は燃焼効率が低く、温度や湿度の影響も受けやすいという弱点があります。

火薬の詰め方が不均一だったり、湿気を含んでいたりすると、弾速が落ちたり、不発や弾道のバラツキの原因になります。

ヒグマのような大型動物を相手にする場合、弾道性能の安定性は非常に重要で、わずかなバラツキが致命的な失敗に直結することもあります。

銃・弾種口径エネルギー目安ヒグマ適性のイメージ
11ミリ村田弾約11mm約2,000〜2,500J近距離で急所を狙えば「条件付きで可」
12番スラッグ(現代)18.5mm約3,000〜3,500J近距離で強力なストッピングパワー
.30-06クラス(現代ライフル)約7.62mm約3,500〜4,000J適切な弾頭なら中距離でも十分

これらの数値はあくまで一般的な目安であり、個々の銃の状態や装弾、射撃距離によって大きく変動します。実際の使用にあたっては、必ず専門家の指導と最新の法令を確認してください。

「数字だけでは見えない」実戦での難しさ

スペック表を見ていると、「20番スラッグ並みなら、村田銃でも十分ではないか」と感じるかもしれません。

しかし、現場でヒグマに対峙するという前提に立つと話はまったく変わります。

ヒグマは最大で時速40km前後で突進し、森の中では一瞬で視界から消えます。

地形の起伏や樹木、雪の足場など、射手側の動きも制限される要素だらけです。

その中で一発限りの村田銃を構え、心臓や頭部といった急所を狙うことは、数字以上に難度の高い作業です。

まとめると、村田銃は現代基準で見ても「まったく話にならないほど非力」というわけではありません。

しかし、ヒグマを確実に止めるには、射手の経験と冷静な判断、急所への正確な一発という複数条件がそろって初めて現実的な威力になる、というのが私の結論です。

逆に言えば、条件がそろわない状況での発砲は、ヒグマを手負いにしてしまうリスクを大きく高めます。

村田銃 ヒグマ事件での運用実態

机上のスペックだけでは見えてこないのが、ヒグマ事件の現場で村田銃がどう使われていたかという実態です。

獣害史で有名な三毛別羆事件では、集落側の装備として村田銃を含む複数の猟銃が登場しますが、不発や命中精度の問題、そしてそもそも射手の経験不足が重なり、ヒグマの猛攻を止めることができませんでした。

銃自体はそこそこの威力を持っていたとしても、「誰が、どのタイミングで、どこを狙って発砲したのか」という戦術面の不備が重なれば、結果として被害は拡大してしまいます。

三毛別羆事件に見る「銃があっても止まらない」現実

三毛別羆事件では、複数の住民が村田銃や他の猟銃を手にして応戦していましたが、ヒグマは集落の家屋を次々と襲い、多数の死傷者を出しました。

銃を構えた住民の中には、実際に狩猟経験の乏しい人も多く、恐怖と混乱の中で狙いが定まらず、結果としてヒグマを「怒らせただけ」のような形になってしまったケースもあります。

弾が命中しても非急所だったり、弾速不足や角度の問題で十分な貫通が得られなかったりすると、ヒグマは短時間であれば高い運動能力を維持したまま反撃してきます。

この事件で最後に事態を収束させたのは、豊富な経験を持つマタギ的存在の猟師でした。彼は村田銃やベルダン銃といった当時の装備を使いながら、ヒグマの習性や動きを読み切り、心臓付近への一撃を狙って仕留めたと伝えられています。

ここでは「どの銃を使ったか」以上に、「誰がどういう状況で撃ったか」が生死を分けたと言えます。

村田銃の性能を最大限に引き出せる人材が、その場にいるかどうか。

それが当時の開拓地では、何よりも重要な要素でした。

幌新ヒグマ事件と「単発銃の限界」

幌新ヒグマ事件でも、村田銃は駆除隊の主要な装備として登場しますが、単発銃ゆえの装填の遅さや、パニック状態での連携不足によって、やはり決定打を出すまでに時間がかかりました。

一発撃つたびにボルトを操作し、新たな弾を装填する必要があるため、ヒグマがこちらに向かっている状況では「一発撃ったあとの数秒間」が致命的な隙になります。

複数人で交互に射撃できる体制を整えていればともかく、現場ではそこまでの訓練や準備がなされていないことも多く、結果として「撃っても撃っても止まらない」という印象ばかりが残ることになりました。

ヒグマ事件の記録を読むと、銃そのものの性能よりも、「準備不足」「危険の情報共有が遅れた」「ヒグマの行動特性を甘く見た」といった、人側の体制や心理の問題が繰り返し指摘されます。

現代の私たちにとっては、ここが一番学ぶべきポイントです。

ヒグマ対策は、まず「情報」と「距離」をどう管理するか、そのうえで道具をどう位置づけるか、という順番で考える必要があります。

村田銃 ヒグマ猟における制限と問題点

村田銃をヒグマ猟に使ううえでの制限は、大きく分けて「単発」「黒色火薬」「銃の個体差」という三つです。

単発ボルトアクションである村田銃は、一発撃つごとにボルト操作と装填が必要で、接近してくるヒグマ相手の時間感覚では、数秒のロスが命取りになります。

連発がきく二十二年式も存在しますが、民間普及は限られ、構造の複雑さや重量バランスの変化から敬遠された側面もあります。

ヒグマ猟の現場では、「確実な一発」を重視する猟師ほど、あえて単発の十八年式を好んだケースもあったようです。

黒色火薬と視界・信頼性の問題

黒色火薬は発射時に大量の白煙を生じます。

一発撃った直後には、射手の視界が真っ白になり、ヒグマの位置や倒れたかどうかがすぐに確認できません。

これが、手負いのヒグマを見失い、逆襲を許してしまう原因になりました。

また、黒色火薬は湿気に弱く、北海道の雪や雨の環境では、保管や装弾を少しでも誤ると不発が出やすくなります。

ヒグマ相手に引き金を絞った瞬間に「カチッ」と不発で終わったとしたら、その後の展開は想像したくないほど危険です。

さらに、黒色火薬は無煙火薬に比べて燃焼残渣が多く、銃身内部を短時間で汚してしまいます。

連続して数発撃つと、ライフリングに煤や未燃焼の粉がこびりつき、弾道の安定性を損ないます。

マタギや熟練の猟師は、そのことをよく理解していたため、出猟前や途中の休憩でこまめに掃除を行い、銃の状態を保つ工夫をしていました。

ハンドロードによる強装弾と暴発リスク

当時の地方では弾薬の入手性が悪く、真鍮薬莢を何度も再利用するハンドロードが一般的でした。

火薬を増量して「対ヒグマ用の強装弾」を作ろうとした結果、銃の強度を超えてしまい、銃身破裂や暴発事故につながったケースも報告されています。

これは、村田銃そのものの欠陥というより、「ギリギリの条件で無理をさせざるを得なかった」時代背景の問題と見るべきでしょう。

現在の感覚で言えば、当時のハンドロードは安全基準を大きく超えた「実験」に近いものも含まれていました。

現代の猟銃でも同様ですが、メーカーの推奨を超える装薬や独自の改造は、非常に危険です。

数値や経験談だけを頼りに真似するのではなく、必ず公式な装弾データと専門家の指導を優先してください。

村田銃 ヒグマとの遭遇で起きた事故例

村田銃がヒグマとの遭遇現場でうまく機能しなかった例は、決して少なくありません。

三毛別羆事件では、不発や命中不足が続いたことでヒグマを「手負い」にしてしまい、より危険な状態に追い込んだと考えられています。

ヒグマは重傷を負っても短時間なら高い運動能力を維持できるため、中途半端な被弾は逆に攻撃性を高めてしまうリスクがあります。

これは現代の大型獣猟でもよく知られていることで、「撃つなら倒す、倒せない可能性が高いなら撃たない」という判断が重視される理由のひとつです。

誤射・跳弾・味方への危険

また、集落の防衛に慣れていない人が村田銃を手にして応戦した結果、狙いが定まらないまま家屋に向かって発砲し、味方側の安全を脅かす「誤射のリスク」も常に存在しました。

当時の木造家屋や土壁は、11ミリ弾を完全に止めるには心許ないことも多く、ヒグマだけでなく人間にも大きな被害を与えかねません。

銃弾は貫通や跳弾を起こす可能性があり、背後に誰がいるか分からない状況での発砲は、ヒグマよりもむしろ人間にとって危険だった場面もあったはずです。

こうした事例から、私は「銃があるから安心」ではなく、「銃を扱う訓練がされていない集団にとって、銃は刃の向きを間違えれば危険物になる」という教訓を強く感じています。

これは現代の猟銃や熊スプレーにもそのまま当てはまる話で、道具はあくまで最後の補助であり、第一の対策は「そもそも遭遇しない工夫」であるべきだと考えています。

歴史的なヒグマ事件の教訓は、「武器を強くすればすべて解決する」というものではありません。

危険の兆候を見落とさないこと、集落やチームで情報を共有すること、そして無理な対峙を避ける判断こそが、最終的に命を守ります。

これは現代のクマ出没対策マニュアルが繰り返し強調しているポイントとも一致しており、過去の悲劇から学ぶべき重要な視点です。

村田銃 ヒグマ検証と現代的意味

ここからは、村田銃とヒグマの関係を「文化」と「現代の安全」という二つの軸から見直していきます。マタギ文化の中で村田銃がどう受け入れられたのか、ゴールデンカムイなどのフィクションがどこまでリアルなのかを整理しつつ、現代日本でヒグマ対策を考えるうえで銃に何を期待すべきか、何を期待すべきでないかをはっきりさせていきましょう。ここを理解しておくと、「歴史やフィクションとして楽しむ部分」と「現実の安全対策として割り切る部分」の線引きがしやすくなります。

村田銃 ヒグマ対策における文化的受容

東北や北海道のマタギ文化の中で、村田銃は単なる金属の塊ではなく、「山神から預かった道具」のような存在として受け止められてきました。

火縄銃の時代から、マタギは銃を山の入り口で清めたり、山言葉で呼んだりしながら、目に見えない存在とのバランスを大切にしてきました。

その流れの中で村田銃も、神棚に祀られ、出猟前には御神酒を供える対象となっていきます。

銃を導入することで狩猟の効率は上がりますが、代わりに「山から与えられる命を粗末にしない」という倫理観をより強く意識する必要がある、と考えられていたのです。

アキタ犬との連携と「距離」の変化

村田銃の導入は、猟のスタイルにも変化をもたらしました。

射程と命中精度の向上により、犬がヒグマを吠え止めている位置から少し離れた安全な場所から狙撃することが可能になり、猟犬の損耗を減らすことに貢献しました。

それまでのマタギは、槍や鉈を手に、犬とともに至近距離まで接近して止め刺しを行うことも多く、犬も人も命がけの場面が日常でした。

村田銃はそこに「距離」という新しい安全マージンをもたらし、チーム全体の生存率を引き上げる役割を果たしました。

一方で、「ボルト一本の不調でも命を落としかねない」という緊張感は、マタギの精神性とも相性が良かったように感じます。

機械的に信頼できる道具であるほど、「最後は自分の判断と腕が決め手になる」という意識が強まり、出発前の儀礼や心構えにも重みが増していきました。

こうした背景を踏まえると、村田銃は単なる技術革新ではなく、山との向き合い方そのものに影響を与えた存在だったと言えます。

村田銃 ヒグマ描写とフィクションのリアリズム

ゴールデンカムイの二瓶鉄造が象徴するように、村田銃とヒグマの戦いはフィクションの世界でも強いインパクトを持っています。

「一発だから腹が据わる」というセリフに共感する読者も多いのではないでしょうか。

あの描写には、単発銃ゆえの緊張感と、明治〜大正期のマタギの精神性がよく反映されていると感じます。

単発であることが欠点であると同時に、「一発にすべてを込める」という哲学に昇華されている点が、多くのファンの心をつかんでいるのでしょう。

フィクションと現実の「境界線」

ただし、フィクションに触れたあとで現実のヒグマ対策を考えるときには、いくつか注意点があります。

第一に、「村田銃一丁あればヒグマと渡り合える」というイメージをそのまま現代日本に持ち込むのは危険だということです。

現代の銃刀法では、村田銃のような古式銃の多くは実射が禁止または極めて厳しく制限されており、そもそも一般の人がヒグマに向けて発砲する状況は想定されていません。

第二に、ヒグマの身体能力や危険性は、私が別記事で詳しく整理しているとおり、人間の感覚をはるかに超えています。

ヒグマの筋力や突進力についてはヒグマの力の強さを科学視点で解明する危険回避ガイド完全版でも解説していますが、その前提に立つと「銃さえあれば安心」という考え方は成り立たないことがよく分かります。

たとえ現代の高性能ライフルであっても、弾頭の選択や射距離、角度を誤れば、ヒグマを止め損ねる可能性は十分にあります。

フィクションをきっかけに歴史や生態に興味を持つこと自体は、とても良いことだと考えています。

ただし、そこから一歩進んで安全対策を考えるときは、必ず現代の法律と科学的なデータを確認し、現実的な想定に立ち戻ることが大切です。

作品世界のロマンと、現実世界のリスク管理は、意識して分けて楽しむのがおすすめです。

村田銃 ヒグマ用散弾改造と実戦効果

軍を退役した村田銃の多くは、銃身内のライフリングを削り落とし、散弾銃として再利用されました。

いわゆる「村田式散弾銃」と呼ばれるもので、28番や24番といった小口径の散弾が使われています。

口径そのものは大きめですが、装弾の種類や火薬量によってヒグマへの有効性は大きく変わります。

小さな散弾をばらまくような装弾では、ヒグマ相手には致命傷になりにくく、むしろ丸玉(スラッグ)や大粒のバックショットに近い弾を選ぶ必要がありました。

至近距離の「一撃」に賭ける道具

実戦では、村田式散弾銃に丸玉(スラッグに近い一発弾)や大粒散弾を装填し、30メートル以内の至近距離で頭部や首を狙うというスタイルがとられました。

近射であれば頭蓋骨を貫通するケースもありましたが、火薬量を無理に増やした「強装弾」が銃の耐久限界を超えて、銃身破裂や薬室破損を招く事故も少なくありませんでした。

特に古い鋼材や鍛造精度のばらつきを抱えた銃では、同じ装弾でも安全性に大きな差が出てしまいます。

私の見立てとしては、村田式散弾銃は「ヒグマを確実に止める主力兵器」というより、「他に選択肢がない中で、工夫して何とか戦力をひねり出した苦肉の策」に近い存在です。

銃の個体差も大きく、現代の感覚からすれば危険すぎて実猟に使うべきではない道具だと言わざるを得ません。

実際、現在の日本で村田式散弾銃をヒグマ猟に持ち出す猟師はまずいませんし、もしそうした話を耳にしたら、私は全力で止めると思います。

現在残っている村田式散弾銃や古い猟銃は、経年劣化により金属疲労や腐食が進んでいる可能性があります。

たとえ合法的に所持できる状態であっても、安易に実射を試みることは非常に危険です。

必ず銃砲店や専門のガンスミスに相談し、公式な安全基準に従ってください。

古い銃は、基本的には「撃つものではなく、眺めて学ぶもの」として扱うのが安全です。

村田銃 ヒグマ現代流通と保存状況

現代の日本における村田銃の多くは、博物館や郷土資料館、コレクターの所蔵品として静かに保管されています。

銃刀法上、ライフリングの残った原型に近い村田銃は「古式銃」として扱われ、登録や保存の条件が細かく定められています。

多くの場合、観賞用・研究用としての価値はあっても、実際に装弾して発砲することは想定されていません。

展示されている村田銃を見ると、刻印や傷一つひとつに持ち主の歴史が刻まれており、開拓時代の空気を感じ取ることができます。

法的な扱いと安全面での注意

散弾改造された村田式についても、書類上は猟銃として登録可能なケースがゼロではありませんが、強度の問題から実猟に使うにはリスクが大きすぎます。

現代の猟師は、耐圧試験をクリアした現行モデルの散弾銃やライフル銃を使うのが当たり前で、わざわざ骨董品の村田銃を担いで山に入ることはまずありません。

法律面においても、古い銃を所持・移動する際には、登録状況や保管方法に厳格なルールがあり、知らずに違反してしまう可能性もあります。

法的な扱いや登録の手続きに関しては、自治体の担当窓口や警察署、あるいは銃砲店で最新の情報を確認することが重要です。

インターネット上の情報は更新が追いついていない場合もあるため、正確な情報は公式サイトをご確認ください。

また、実物を手に入れたい場合でも、違法な無登録銃の売買には絶対に関わらないようにしてください。

村田銃は、現代では「撃つための道具」ではなく、「学ぶための道具」として価値を持つ存在です。

村田銃 ヒグマを巡る現代的論点のまとめ

ここまで、村田銃とヒグマの関係を歴史・スペック・文化・法律のそれぞれの側面から見てきました。

結論として、私は「村田銃は条件次第でヒグマを倒せるが、ヒグマ対策としては決して安全でも万能でもない」と考えています。

むしろ、村田銃とヒグマの歴史は、「武器に頼りすぎる危うさ」と「自然を甘く見た代償」を教えてくれる教材だと言えるでしょう。

北海道に生息するヒグマは、分布域や個体数が長期的に見て増加傾向にあり、人間の生活圏との重なりも大きくなっています。(出典:環境省「クマの生態」

現代のヒグマ対策については、銃器ではなく、まずは遭遇リスクを下げる行動や装備の選び方が最優先です。

具体的な熊よけ装備や市街地での安全確保の考え方については、ヒグマは火を恐れない前提で学ぶ実例付き熊対策と装備選びガイドや、ヒグマ対策|マシンガンでは守れない市街地駆除と安全確保の現実でも詳しく解説しています。

あわせて読んでいただくことで、より立体的にリスクと対策をイメージできるはずです。

また、「ヒグマには拳銃効かないのか」といった現代の銃器に関する疑問については、ヒグマには拳銃効かない現実から学ぶ効果的な撃退方法と対策で、法律や物理の観点から整理しています。

村田銃とヒグマの歴史に興味を持った方こそ、現代の銃とヒグマの関係も一度冷静に見直してみてほしいテーマです。

この記事で紹介した歴史的な数値や事例は、あくまで一般的な目安や代表的な資料に基づくものであり、すべての個体・すべての状況にそのまま当てはまるわけではありません。

安全に関わる判断や、銃砲の所持・使用、ヒグマ対策の具体的な方法については、必ず最新の法令や自治体の指針、専門家の助言を確認し、最終的な判断は専門家にご相談ください。

村田銃とヒグマの物語は、過去のロマンであると同時に、今を生きる私たちが自然との距離感を考えるためのヒントでもあります。

歴史を楽しみつつ、現実のフィールドでは冷静で現実的な対策を選び、あなた自身と周りの人の安全を守っていきましょう。

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この記事を書いた人

名前(愛称): クジョー博士
本名(設定): 九条 まどか(くじょう まどか)

年齢: 永遠の39歳(※本人談)
職業: 害虫・害獣・害鳥対策の専門家/駆除研究所所長
肩書き:「退治の伝道師」

出身地:日本のどこかの山あい(虫と共に育つ)

経歴:昆虫学・動物生態学を学び、野外調査に20年以上従事
世界中の害虫・害獣の被害と対策法を研究
現在は「虫退治、はじめました。」の管理人として情報発信中

性格:知識豊富で冷静沈着
でもちょっと天然ボケな一面もあり、読者のコメントにめっちゃ喜ぶ
虫にも情がわくタイプだけど、必要な時はビシッと退治

口ぐせ:「彼らにも彼らの事情があるけど、こっちの生活も大事よね」
「退治は愛、でも徹底」

趣味:虫めがね集め

風呂上がりの虫チェック(職業病)

愛用グッズ:特注のマルチ退治ベルト(スプレー、忌避剤、ペンライト内蔵)

ペットのヤモリ「ヤモ太」

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